2014年9月14日日曜日

それでも、「板橋冷麺」は冷麺好きの救世主だ。

水冷麺(650円)。2014年7月
2014年春、韓国の冷麺専門店が新大久保に上陸した。その名は「板橋冷麺」。板橋といっても東京の板橋とは何の関係もない。韓国・忠清南道の「板橋(パンギョ、판교)」という地名から来ている。

まあ、冷麺専門店と聞いたら行かないわけにはいかない。というわけで、7月のある昼、訪問してみた。

地図を見る限り、大久保駅(中央線)からは徒歩3分、新大久保駅(山手線)からは徒歩5〜6分のはずだ。今回は新大久保から向かった。しかし、大久保通りに立ち並ぶさまざまな飲食店の誘惑を断ち切りながらの道のりは、10分以上にも感じられた。大久保駅の脇から細い路地を抜け、小滝橋通り沿いに出ると、その店はあった。

店先には、「40年伝統の自家製冷麺」「オーダー受けてから麺を作ります」といった言葉が並ぶ。さて、その実力はいかに。さっそく入店してみる。


店内は広い。横長の四角いテーブルがいくつも並び、よく見ると焼肉用のグリルがついている。「板橋冷麺」のメニューには焼肉はないので、おそらくかつてこの場所が焼肉屋だったのだろう。土曜日の昼間に訪れたのだが、先客は1組。韓国人と思われる男性2人組で、食事を終えて話し込んでいる。そのうち帰っていった。

ピビン冷麺(780円)や、水冷麺とピビン冷麺のハーフ・ハーフ(880円)、刺身(フェ)冷麺(980円)もある。しかし、もともと水冷麺にしか興味がないので、ここは水冷麺(650円)を注文する。

待つこと約5分。冷麺が運ばれてきた。お盆に乗っているのは、冷麺、小皿のトンチミ(大根の水キムチ)、スプーン、そしてハサミ。

小皿のトンチミと冷麺に具として入ってるトンチミは、同じものだろうか。見栄えの問題で小皿をひとつ付けたのだろうけど、わざわざ小皿で出すなら冷麺に入っていないもの(白菜キムチとか)にしてほしかったなあ…。まあ、650円なのでしかたないか。


ちなみに、写真ではわからないが、ハサミは普通のハサミではない。刃のうち片方の先端が丸くなっている。もしかしたら、麺を切る際に器の底を傷つけないようにそうなっているのかもしれない。

客が自分で冷麺の麺を切る店は初めてだったので、「草の家」で店員さんが麺を切ってくれたときの切り方を真似てみた。

麺の山の頂上に鎮座している玉子を、白濁したスープの海へと引きずり落とす。そして、ハサミの刃の片方を麺の中央に突き立てる。突き立てた刃を軸にしてハサミを回転させながら、もう片方の刃で麺を切るのだ。時計で言うならば、3時、6時、9時、12時の位置で切り、4等分にしていくのだ。ジョキ、ジョキ、ジョキ、ジョキ。

この儀式を終えて、いよいよ箸を手にとる。

すすってみた第一印象は「甘い」。麺を咀嚼する前にスープの印象が脳に達した。それにしても、なぜ甘いのか。おそらく、肉以外にも野菜や果物を煮込んだスープなのだろう。

平壌冷麺の場合、肉だけで取ったダシ汁(ユクス [육수, 肉水])にトンチミの汁をブレンドするのが、基本的なスープのつくり方だ。なので、スープにあまり甘みはない。

一方、「板橋冷麺」のスープは、最初に甘みが来たあと、味わうにつれて肉のダシの存在が確認されるという感じ。よく言えば、複雑で深みのある味わい。悪く言えば、甘みが正面に出すぎて肉ダシの存在感がボケてしまっている。

そして、注文を受けてから作っているという麺。生しらすみたいな色をしている。原料は芋がメインだろう。スープがよく絡む極細麺で、コシはそこそこある。

けれど、この冷麺、なんだか全体的にヌルっとしている。麺の性質のせいもあるだろうし、スープが濃厚なせいもあるだろう。なので、ツルツル系の冷麺が好きな人にとっては期待外れかもしれない。コシがツルツル感に直結するわけではないということを初めて知った。

ちなみに、「板橋冷麺」を2度目に訪れた際、追加で麺をサービスしてくれた。ありがとうございます。


正直に言ってしまうと、「板橋冷麺」の冷麺は、必ずしもわたしの好みのタイプではなかった。しかし、冷麺は、うまいから食うのではない。冷麺だから食うのだ。しかも、「板橋冷麺」は1杯650円という驚異的な価格だ。はっきり言って、通わない理由がない。

ほかの冷麺専門店は、冷麺1杯800円〜1000円ぐらいが相場だ。しかも多くの場合、冷麺を売りにしていても焼肉屋としての営業がメインだったりして、ランチタイム以外ではなかなか冷麺だけいただくというわけにいかない。

しかし、この板橋冷麺は11時〜21時までずっと営業している。しかも焼肉屋ではないので、堂々と冷麺だけ食べることができる。もちろん、蒸し餃子などのサイドメニューやチャミスル(700円)もあるので、餃子をアテに1杯やってから締めに冷麺——という使い方もできる。

そう。「自家製麺の本格冷麺が1杯650円でいつでも食える」という事実だけをもってしても、この「板橋冷麺」は冷麺好きにとっての救世主と言える。

大久保の「板橋冷麺」の母体になった韓国の「板橋冷麺」について調べてみたところ、いくつかのブログが引っかかった(これとかこれ)。

それを見ると、韓国「板橋冷麺」の水冷麺と大久保「板橋冷麺」の水冷麺とは、盛りつけも、スープや麺の色合いも似ていることがわかる。大久保「板橋冷麺」が、韓国の本店の冷麺をちゃんと再現しているということだろう。

さらに、目に留まったのが韓国「板橋冷麺」の価格。水冷麺1杯5,000ウォン(約500円)らしい。ソウルの「平壌麺屋」では1杯11,000ウォンだった。もちろん、ソウルと地方では物価が違うのかもしれないが、それにしても同じ冷麺で倍以上の差があるというのは驚きだ。韓国でも、「板橋冷麺」は庶民価格のお手頃な冷麺店という位置づけで親しまれているのかもしれない。

1杯650円の「板橋冷麺」は、東京の冷麺界に何をもたらすのか。まだまだ未知数だ。とりあえず、「好みじゃない」とか言ってないで、好きになるまで食おうと思う