2014年9月6日土曜日

【閉店しました】地上げに抵抗する220円ラーメン屋「鳥竹」(神奈川・川崎)【後編】



なぜ、コインパーキングのド真ん中に古いバラックが1軒だけ取り残されているのか。前編では、3年前の写真を紹介しながら、暴力団絡みの地上げを経て生まれたこの異様な光景について説明した。

さて、時期は飛んで、2014年9月。この「鳥竹」が、思わぬ変貌を遂げていた。

(なおこの記事には、9月の訪問時に撮影した写真のほかに、10月、フクシ氏が再訪・撮影して提供してくれたものを参考のため掲載しています)


冷麺を食べに行こうと思って歩いていたら、偶然、この現場に辿り着いた。しかし、そこはすでに駐車場ではなかった

2014年10月(提供:フクシ)

2014年10月(提供:フクシ)

敷地は、工事用のパネルで取り囲まれていた。いや、正確に言えば、駐車場のうち車を駐める枠の部分だけがパネルで囲まれていた。

2014年10月(提供:フクシ)
フェンスの隙間から中を覗く。2014年10月(提供:フクシ)

そして、あの「道路」、つまり駐車場の通路にあたる部分は、ちゃんと道路として歩いて通行できるようになっていた。写真を撮り忘れたが、道路の入り口部分の路面には、黄色いペンキで「2項道路」に書かれていた。

2014年10月(提供:フクシ)

そして、道路の奥へと目をやると、1軒の建物が目に入った

お、あの「鳥竹」がまだあるのか。そう思った次の瞬間、「鳥竹」の側面にペンキで塗られた文字が目に飛び込んできた。そして、わが目を疑った。


ラーメン220円——。たしかにそう書いてある。廃屋同然だった「鳥竹」がいつの間にかラーメン屋になっているのは驚きだし、220円という価格も驚異的である。いったいどういうことなのだろうか。

恐る恐る、店の前へ歩みを進めてみる。建物正面には大きく「ラーメン鳥竹」の看板が掲げられ、地面にはラーメンのノボリも建っている。

営業時間は11時30分〜20時00分で、土曜が定休日らしい。


今回は2人でここを訪れた。写真右側のガラス戸をチラチラと覗きながら、2人で話した。「意外と普通そうですね」「入ってみますか」。

たしかに、店内は普通そうだった。ちゃんとラーメン屋として営業している気配で、先客が1人いるのも見えた。「意外と」などと言っては失礼かもしれないが、この立地この建物、そしてこの価格であることを考慮すれば、思わず「意外と」という枕詞を付けてしまうのも無理はない。

というわけで、引き戸を開け、店内に歩みを進める。縦長の店内にはカウンター席が5〜6人分ほどあり、カウンターを隔てて奥が厨房になっている。内装は決して焼鳥屋時代のままではなく、ちゃんとリフォームされていて清潔感がある

店は、感じの良さそうなお兄さんが1人で切り盛りしている。醤油ラーメン(220円)以外の料理はないのだから注文をする必要もないのかもしれないが、それも変なので、とりあえずラーメンをお兄さんに注文する。


ただ、この「鳥竹」には、普通のラーメン屋と違う点が2つだけある。「カーテン」と「」だ。

まず「カーテン」。カウンターと厨房のあいだは、ベルリンの壁のごとく、何枚ものカーテンによって分断されている。このカーテンに覆われて、厨房のなかの様子は伺い知ることができない。

そして「」。普通、ラーメン屋というのは、さまざまな「音」が客席にまで聞こえてくる、騒がしい空間のイメージだ。麺の湯切り音、大鍋が煮えくりかえる音、食器を準備する音、換気扇の音、店員の声——。

しかし、「鳥竹」のカーテンの向こうからは、そういった音はほとんど聞こえてこない。この店は、奇妙な静けさに包まれている

ただ唯一、聞こえてきた音があった。「グツグツグツ…」という、何かが煮える音だ。そろそろラーメンが出来るかな、というタイミングになって聞こえてきた。しかしそれは、大鍋が煮えくりかえるような豪勢な音ではない。小さめの鍋で何かが煮立っているような、かわいらしい音だ。

例の「グツグツ」音が止んで、またしばらく、静寂が続いた。そのとき、さっきのお兄さんが、ついにラーメンを持ってきた

具は、モヤシチンゲンサイメンマ海苔。さすがにチャーシューはないものの、220円ながらちゃんと色取りまで考慮されている。すごい。

スープは醤油色に透き通っている。表面にはゴマ油が浮いていて、その香りが食欲をそそる


ひとくち、麺を啜ってみた。その瞬間、あの「グツグツ」のあたりからわたしの脳内で浮上していたある疑惑が、99%の確信へと変わった。

おそらく、きっと、たぶん、この醤油ラーメンはインスタントラーメン(袋麺)だ。麺の食感が、完全に袋麺のそれなのである。あの「グツグツ」音は、袋麺を煮ている音だったに違いない。そう考えると、すべての説明がつく。

ただ、袋麺だからと言って悪く言うつもりは毛頭ない。そりゃ、なかには「220円って言うから何が出てくるかと思ったら、案の定インスタントだった。死ね」という心の狭い客もいるかもしれない。

しかし、わたしとしては、「このクオリティで220円なら全然アリ」というのが率直な感想だ。最近の袋麺は普通にうまいし、ちゃんと具が乗っていればなおさらである。近所にあったら、かなりの頻度で利用しそうだ。

そういえば、渋谷駅構内には袋麺を調理して1杯258円で出す「日清ラ王 袋麺屋」がある。あれと似たようなものだ(まあ日清のやつは商品のPRという目的もあるので少し違うが)。

2014年10月(提供:フクシ)

でも、ここから先は完全にわたしの想像になってしまうが、袋麺とはいえ1杯220円で利益が出ているとは考えにくい。家賃や人件費がどうなっているのかは謎としても、材料費、光熱水費、改装工事の費用や設備費などは確実にかかっているはずだ。

思うに、「鳥竹」がラーメン屋として営業し続けるのは、きっと利益を上げるためではない。地上げに屈せず、これからも「鳥竹」を守り抜くという意思表示のためかもしれない。さらには、ちゃんと営業している実態があったほうが裁判で有利なのかもしれない。

いずれにせよ、この場所で店をやって、客が来てくれるということ自体に意味があるのだろう

そんなことを考えていたら、いつの間にかスープを最後の1滴まで飲み干していた。



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2014/11/11 写真を追加